前回の記事はこちら→営業成功物語1~人生は一度きりしかないんだ!と意気込んだ結果…
大学まではごくごく一般的な普通の人生を歩んできた私だったが、『人生は一度きりしかないんだ!』という危険な言葉に踊らされ司法試験の道へ。
しかし、約8年間の努力もむなしく挫折。
就活しようにも、法律の知識を活かせる法務部は大企業にしかない。
いちるの望みをかけて最後の大企業面接へと挑む。
書類選考を通って、面接当日。
面接場所は、渋谷にある20階建てくらいの大きなビル。
立体交差している道路があってもなお、車が多く行き交う道路沿いに、そのビルはあった。
同じビルにはサイバーエージェントが入っている(注:アメーバブログ、AbemaTVなどの運営会社)
面接時間の50分くらい前に現地に到着。
一度下見をして、自分の小ささとビルの大きさとを比べていきなり気押される。
そのくじけそうな心をファミレスで志望動機などの最終確認を行なって奮い立たせる。
10分前にファミレスから出て、ビルのエレベーターでフィールズが入っている階のボタンを押す。
幸い、エレベーターに同乗者はいなかった。これで多少心を落ち着ける時間がもてる。
少しの間目を閉じ、深呼吸を3回ほど繰り返したところで、目当ての階でエレベーターが止まり扉が開く。
閉じていた目を開けて無言でエレベータから出ると、そこには1フロアの3分の2を占めるのではないかと思うほど広々とした空間があった。
壁や床は白とクリーム色を基調とした色合いで、清潔感とやわらかさを体現したような空間になっている。
茶色を基調とした本棚が右手側に点在しており、左手側にはソファが置かれていて、2、3人が互いに向き合って何かを話し込んでいる。
出典:フィールズグループ公式サイトから抜粋
一瞬、空間の広さに意識を持って行かれたものの、即座に自分がすべきことを理解して一番奥の受付へと直進していく。
制服だろうか?白と黒のモノトーンに身を包んだ端正な顔立ちの女性が対応してくれる。
面接を受けにきた旨を伝えると、担当の者を呼ぶので少々お待ちください、と、よどみのない言葉と笑顔でソファへ案内してくれる。
それから数分経つと、ソファから遠く離れた通路から、やや小太りで冴えない感じの若い男性がこちらへやってくる。
男性がこちらへたどり着く前に、自分の直感を信じてソファから立ち上がる。
あいさつを交わして男性がやってきた通路へと向かう。
通路に入ると、その左右にはマンガの原画と思われる絵が、まるで高級な絵画を飾るかのように、これまた高級感のある額縁に入れられて飾られている。
その中には、社会現象を巻き起こした『新世紀エヴァンゲリオン』のキャラクターの肖像画もある。
マンガ、アニメファンとしては興奮を隠せず、左右の絵に視線を奪われていると、男性がそれを察したのか、
「これはうちで扱っている商品のマンガ、アニメで作者に書いてもらったものです」
と説明してくれた。
こんな有名な作品まで…スケールの大きさに感心していると、男性が通路の左側にあるドアノブに手をかけた。
そこが面接する部屋だと確信した瞬間に、緩んでいた気持ちを引き締めて姿勢を正す。
男性と一緒にその部屋に入ると、4対4のテーブルが中央に置かれているやや狭い空間がそこにあった。
ただ一方で、物理的な狭さを感じさせない何かがそこにはあった。
おそらく、窓の幅が広く設計されており、部屋から渋谷の街並みが一望できる視界がそこに広がっているからだろう。

部屋にはまだ誰もいない。
案内してくれた男性から、部屋の中央、テーブルの下座の席、つまり部屋に入ってすぐ目の前にある席に座るよう誘導された。
『んっ?』
と、一瞬、首を傾げそうになるのをこらえ、脳内で矛盾を感じながら、大人しく下座の席に腰を落ち着かせる。
というのも、一般に、就職面接時の上座には採用側(企業側)が座り、応募者側が下座に座るとされている。今回の男性の案内は、その慣わしに沿ったものだ。
ただ、一般消費者をお客様とするビジネスを運営している会社の場合、採用するまでは応募者のことをあくまでお客様として扱い、応募者側には上座に座ってもらうというのが一般的らしい(何かのサイトに書いてあった)。
この辺りに企業側の応募者に対する意識が透けて見えるのだ。
ということは、自分は今お客様扱いはされていない、ということになる。そのことを上手く自分の中で飲み込こむことができなかったのだ。
案内してくれた男性や受付の女性の対応からは、自分がお客様として丁寧に扱われている感覚を受けていたので、下座への案内という事柄と上手く結びつかなかったからだ。
それから数分部屋で待っていると、40代後半くらいで白髪混じりのメガネをかけた男性が、案内してくれた男性とともに部屋に入ってきた。
雰囲気の穏やかな老紳士だ。
この老紳士が自分の人生を方向付ける人物だと直感し、失礼のないように丁寧に挨拶を交わした。
が、次の瞬間、私はまた首を横に傾げそうになる。
老紳士の足が上座である窓側の席の方へちゅうちょなく進んでいったからだ。
案内してくれた男性もそれに続く。
傾げそうになる首を反対の力で抑えながら、一種の落胆の感情が脳内をかすめた。
いや、勝手に期待しすぎていたのだろう、と自分に言い聞かせる。そもそも上座、下座という形式的な事柄は些細なことだ、そんなことは気にしない会社なのだ、大事なのは中身である、と。
参加者が全員席に座ると、老紳士と私とで会話が始まった。
対面で互いに腰掛けており、その距離はおよそ1mといったところだ。
形としては2対1の面接のようだが、案内してくれた男性は、基本的に会話に参加せず、老紳士の言葉を聞いてはうなずくだけだ。ほぼ1対1の面接と言っていい。
自然と自分の意識は、老紳士の方に集中することになる。
やや私の言動が硬かったのか、老紳士は「少し緊張しているかな?」と自分に気を使う素ぶりを見せた。
やはり腑に落ちない、とまた思う。圧迫面接にはほど遠い対応だ。
少しだけ緊張しています、と答えると、老紳士は後ろの窓を振り返りながら、
「そういえばこの景色は楽しんでもらえているかな?」
と問いかけてきた。
その時、一瞬のうちに脳内がグルグルまわり始め、頭の中で複雑に絡み合っていた糸が急速にほどけていく感覚を覚える。
しかし、その糸がほどけるより早く、老紳士が次の言葉でより明確にその糸を断ち切った。
「本来なら上座に座ってもらうべきところを、この景色を見てもらうためにそちらに座ってもらったのだよ」と。
それまで脳内でくすぶっていた嫌な感覚がこの一言ですべて晴れた。
言っていることはごくごく単純なことだ。
上座に座った場合、窓を背にすることになるため、当然窓の外の景色など見ることはできない。
だからこそ、お客様である君には下座に『あえて』座ってもらったのだと。
私は驚きと感動と羞恥という感情を同時に味わいながら、その中でも羞恥の感情が大きく膨れ上がっていくの感じた。
とんでもない勘違いをしていたことに気づき、己のそれまでの考えをこの上なく恥じたからだ。顔の内側の血液が沸き上がってくるのが分かる。顔が熱い。
私は身勝手にも、下座への案内という一事だけで老紳士や案内してくれた男性に落胆を覚えた。
最初からこの2人には、私をぞんざいに扱おうなどという考えは1ミリもなかったのだ。
むしろ、面接という仕事の場面にあってさえ、採用するかもまだわからないような、入社してもすぐ辞めてしまうかもしれない、28歳で社会経験ほぼなしのニートに景色を楽しんでもらおうという、正にサービス精神の権化と言ってもいい心根を持ち合わせていたのだ。
にもかかわらず、そんな心根を持った彼らを、傲慢な人たちだ、そんな人たちがいる会社もきっと傲慢なのだろうと、彼らの心遣いを侮辱するような勘違いをしていたのだ。
しかし、こんな脳内での葛藤をよそに、面接は進行していく。
最初はこの大きなショックを受けて動揺はしたものの、老紳士はその過去に司法試験の受験生であったことを明かしてくれ、試験勉強の辛さや難しさに深く共感してくれたようだった。
30分ほど話したくらいの時点で、会話が打ち解けてきた感覚を得て、選んだ企業に間違いはなかった、という確信を得る。
同時に、こんな上司と一緒に働きたい、と思いを強くした。
もう迷いは一切なかった。
『今この面接をやりきってこの会社に入社する、尊敬できる人たちと一緒に働くことができる、そして世の中に貢献していくのだ』
そんな未来が頭に浮かんできて、希望しかない将来へと心を弾ませていた時、規則的な、しかし、その場にそぐわない動きを視界の端でとらえる。
老紳士へと向いていた集中が一瞬だけ案内してくれた男性の方へ奪われると、そこには信じられない光景が繰り広げられていた。
コクッコクッと規則的に上下運動を繰り返すのは、案内してくれた男性の顔だ。
実は前から思っていたが、その動きは『ししおどし』の動きそのものだ。

『そんなのウソだ…ウソに決まっている…』
目の端でとらえた信じ難い光景に、反射的に感情が反発する。
と同時に、この事態をすぐ横に座っている老紳士に悟られないよう、この場が台無しにならないようにとっさに自分の防衛本能が目を覚ます。
防衛本能は、『ししおどる』(注:コクッコクッと寝落ちしている)男性の方をもうこれ以上見るなと訴えている。
わかっている。そんなことは十分承知しているのだ。
しかし、ただでさえ私は、先ほど受けた深い感動によるショックで動揺していたのだ。
ここにきてまったく反対方向に突き抜ける想定外の衝撃に動揺しないはずがない。
全くの想定外である。というかこんなの想定できるはずがない。
驚きと焦りと深い落胆が複雑に入り混じり、心臓の鼓動が早くなっていく。
そして、とうとう自分の目の動きを制御しきれずに、私の視線は老紳士と『ししおどる』男性の顔を何度も往復した。
目の前の事実を否定するために『ししおどる』顔を何度も確認するのだが、そのことが信じ難い事実の存在をより強固にしてしまう。
急に泳ぎだした私の視線に気づき、老紳士の眉間にシワがよるのがわかった。
そして、老紳士が案内してくれた男性の方へ少し目をやる。その瞬間、徐々に老紳士の目が大きくなると同時に、その笑顔が引きつっていくのがわかった。
しかし、うろたえる会話の当事者のことなどお構いなしに、
それでも男性の『ししおどし』は止まらない。
その様を何か強大な目的に向かって一心不乱にひた走る勇敢な戦士のように錯覚したが、彼はただ単に寝落ちしただけである。面接中に。
もはや彼は、無意識、無差別にこの場(彼自身の名誉を含む)をじゅうりんする暴走列車のようだった。
私の頭の中は真っ白になった。
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その後のことはあまり覚えていない。
ただ、引きつった笑顔の老紳士が私の方へと視線を戻すと、さもその事実が存在しないかのように会話を続けようとしたのは確かだ。
老紳士もその事実を受け入れられなかったのだろう。
気が付いた時には面接開始から1時間ほど経っており、
規則的に上下していた顔は、動きを止めてこちらを見ていた。
『今さら起きても、もう後の祭りなんだよ…』
声にならない声が頭の中に響いた。
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その3週間後、仲介していた転職エージェントから面接の合否結果の電話を受けた。
「非常に悩まれたらしいのですが、今回はご縁がなかったということで…」
面接後に、男性と老紳士との間でどのようなやり取りが行われたのか?
非常に興味をそそられるところではあるが、『ししおどる面接官事件』はこうして幕を降ろした。
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